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1か月前
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Seouldrip🇰🇷

大東輿地図が嘲笑の的に成り下がってしまった理由

他の背景知識なしにただ見れば、東西の技術力の差に

正気を失うほど絶望させられる、このような比較写真をよく見かけたことがあるだろう

しかし、内情を知れば、この二つには何の相関関係もない

悪質な扇動であることに気づくはずだ

まず、大東輿地図が作られた背景自体が

一般大衆にひどく誤って伝えられている影響が大きい。

最も有名な「金正浩(キム・ジョンホ)が獄死した」とか「大院君(テウォングン)が焼却を指示した」という野史からして

根拠のないデタラメであることは、今やほとんどの人が知っているだろうが

(そもそも大院君は、地図の制作後に執権したのだ……)

それでも依然として「金正浩が自ら足で走り回って制作した」とか

「朝鮮にまともな地図がなかったので、自分が作ってみようとした」という説などが

今でもあたかも歴史的事実であるかのように広まっているのが現実だ。

上記の人物は、民間地理学者の金正浩に

直接発注した張本人である申櫶(シン・ホン/武科出身、兵曹判書と工曹判書を歴任)

そうだ。

そもそも大東輿地図は「民間地理学者が

朝鮮に地図がない現実に嘆いて作った発明品」などではなく

最初から国家主導で執行された行政プロジェクトの一環だったのだ。

それも「お前一人で足で稼いで作ってこい」という野蛮な方式ではなく

既存の地図や、備辺司(ピビョンサ)や奎章閣(キュジャンガク)などの国家施設に

保管されていた資料の閲覧権限を与えられ、それらをすべて統合させたレベル……

ここに加えて、データ補完目的の踏査を行った程度を除けば

本当に全国を回った可能性は低い。

金正浩は単に発注を受けた民間業者程度の立ち位置であり

もともと注目される理由のない人物であったため

地図制作以外に、特筆すべき生涯について伝えられていることはない。

結論は、「発明品 vs 発明品」ではないということだ

発明品ではないのに、なぜ地下鉄と比較するのか?

つまり、「以前までは朝鮮に地図がなかったが

この人が作った」というプロパガンダは

本当に騙された人がどれだけいたかはさておき

騙そうとした人々の意図が色濃く反映されていると言える。

もし金正浩が俗説のように本当に迫害されていたなら

すぐに日本と条約を結び、政丞(チョンスン)まで登り詰めた申櫶からして

首を飛ばされていたはずであり、金正浩の著作物に書かれた

この人物の序文が今日まで伝わっているはずもない

朝鮮という国家自体のイメージが相当に地に落ちていなければ

こんなデタラメが通用するはずもないのに……

だが、ここで疑問に思うのは

単に行政業務の刷新目的で資料を統合したに過ぎない

大東輿地図がどうしてこんなに有名になり

唐突にイギリスの地下鉄まで召喚され

自国嫌悪的な捏造プロパガンダの材料として、今日まで辱められる身となったのか?

ナショナリズム史学者(親日派)の崔南宣(チェ・ナムソン)

今までも広く浸透している

大東輿地図に関するあらゆる俗説を広めた張本人である

この人物が小説を書きながら、ただの地図を

まるでロゼッタストーンやポーネグリフであるかのように盛り上げたため

こんな事態になってしまったのだ

もちろん、現代においても研究価値が十分にある遺産であることは間違いないが

全国八道を三回回り、片方の目が潰れ

大院君に投獄されながら苦労して完成させた古代の秘伝書などではないのに

イメージを歪めてしまったため

今日の大東輿地図は、暇さえあれば

当時の人類最先端技術の集約体である地下鉄と

マッチアップされてボコボコにされる、哀れな身となった

大院君はある意味で軍事改革にも関心が多かったため

たとえ執権期と重なっていたとしても、金正浩を重用したことはあっても

特に弾圧した可能性は低い。

出典: https://aagag.com/issue/?idx=1631879

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